2016年07月23日

沖縄基地問題 第4回 歴史

第4回

こんにちは。DISONです!!

最近かんじてること

当たり前のことに感謝する。

今日無事に朝を迎えられたこと。
空が晴れてること。
ご飯を食べれること。
空気があること。

あたりまえだからこそ、そのありがたみを忘れやすい。
小さな感謝を積み上げていったら、毎日がちょっぴり幸せになった気がする。





そんな私ですが、
今回は沖縄基地問題の第4回目ということで、沖縄基地問題の歴史をたどってみましょう!





普天間飛行場移設への取り組みは1996年SACO合意から始まりました。



SACO合意とは
日米特別行動委員会(SACO)最終報告のことです。
きっかけは 1995年に起きた米兵による少女暴行事件
この事件の後から米軍基地に対する反対運動が大きく盛り上がりました。

これにより日米両政府が沖縄県にある米軍基地の縮小することを検討し、
当時の橋本龍太郎首相とビル・クリントン大統領が
96年12月2日に合意をしたのです。




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この時に普天間飛行場も名護市、辺野古に移設される計画が始まったのです。
そして98年には名護市長も地域振興策とセットでなら受け入れるといったのです。







しかしながらSACO合意以降、19年が経ちましたが、なかなか基地移設は進んでいません。
それがやっとの思いで、
2012年、仲井間前沖縄県知事の時に、
辺野古の埋め立てを承認することによって
普天間飛行場を辺野古に移設することが決定したのです!!



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それにも拘らず、現職の翁長知事は「辺野古の埋め立て承認」を取り消してしまったのです。
ようやく基地から受ける被害にも終わりが見えてくる、
その希望を翁長知事はすべて住民から奪い去ってしまった形になるのです。



Baidu IME_2016-7-4_0-7-1.jpg



翁長知事は普天間基地の即時閉鎖、撤退を謳っています。
しかし、それは全く根拠も見通しもない絵に描いた餅でしかないのです。




By DAISON



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posted by 名大CARP at 00:00 | Comment(0) | 時事・社会問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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